カテゴリ:心への言葉( 5 )


「大いなる沈黙へ」

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「主の前で大風が起こり 山を裂き 岩を砕いた
 主はおられなかった

 風の後 地震が起こったが
 主はおられなかった

 地震の後 火が起こったが
 主はおられなかった

 火の後 
 静かにやさしい
 さざめきが あった」



列王記 上 19章11節ー12節

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センクスギビング休暇最終日の日曜は、静かに小雨が降りしきり、ここ数ヶ月の慌ただしい日々に休息を取るにはうってつけの日と思い、今年前半に一度観た映画、「大いなる沈黙へ」のDVD を取り出し、再度じっくり鑑賞した。

この映画は、ドイツ人監督が1984年、何世紀にも渡って変わらぬ戒律と祈りの日々を送るグランド・シャルトルーズ修道院に撮影許可を求めるも、「まだ早い」と断られ、その門戸が開けられたのがなんとーーー16年後。
それから5年後に、世界に向けてベールをはがした映画作品。

音楽は導入しない。
ナレーションも導入しない。
照明も使用しない。
中に入れるのは、監督一人のみ。

このような決まりの中撮影された、「静寂」を映し出したこの映画には、不思議と、観る者自身が感じる景色、世界観、音が次第に鳴り響き、織りなされていく。
言葉も音楽もないーーそれが故に、自分自身の中に眠る「感じようとする感覚」が発動するのだ。

既に神が用意していた当たり前のものーーー
例えば身近な自然ーーー雲のうつろい、つららから滴り落ちる水滴や
日常の中にある普通はもう、気にも留めることがない沢山のものーーー修道士たちの日々の生活の中で拡大される、空気の中を光の粒のように舞う塵や、食べ物を噛む顔の皮膚の動きですら、美しいものであったことを知る。
また、水とはこれほどに美しいものであったのかと再確認する、修道士が指を洗う水桶に揺れる水など

私たちは日々の暮らしの中で、いかに既に盲目になっているのかを思い知る。


今年前半、私はあることにあらためて、新鮮な感覚をもって気づいた。
この世は、「コントラスト」によって、何かを知るようになっている、という凡庸な内容ではあるが、私にとっては、今また新鮮な意味合いを持って訪れた気づきであった。
いわゆる、「対比」である。

この「コントラスト」によって、やはりまだ私たちは、真の幸せや感謝の念を得るしくみの中にいると感じるのだ。

物が溢れ、便利快適になった現代の私たちは、もしかしたら真理というものからは、いよいよ遠ざかっているのかもしれない。

「静寂」を時々自分に施し、映画で言うところの「主(神)」からの声に、いつも耳を傾けることの大切さを、今あらためて確信する。


「静けさーーーその中で主が我らの内に語る声を 聞け」(映画より)



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この映画、そしてグランド・シャルトルーズ修道院は、ハーブに携わる人たちにも興味の対象になりえる作品である。

映画の中には、ミサの際に、鎖のついたポマンダー(と思われる)が修道士によって前後に振られ、そこからフランキンセンスの煙が立ち上るシーンが見られる。
その昔、エジプトでは、煙は神(天)と人を繋げるものーーーとされたが、カソリックの儀式の際にも、キリスト誕生の際に東方の三賢人が持ち運んだものの一つとされるフランキンセンスの煙と香りは場を清め、聖なるものにしているのは間違いがないであろう。
我々東洋人にとって、西洋の樹脂というハーブをより理解できるシーンである。

リキュールのシャルトリューズでも有名なこの修道院では、今尚限られた修道士によってレシピが守り継がれているという。
特典DVD に、このシャルトリューズ作りの分があったので、その紹介を、下記More↓に記載してみた。








More/シャルトリューズ
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by marie-foliage | 2017-11-27 08:54 | 心への言葉

自分のしたい生き方

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暑い暑い日本から戻り、カリフォルニアの冷涼な暑さを楽しんでいます。

日本の猛暑を3週間近く体験し、日本の方々が四季の愉しみだけでなく、自然の持つ時には厳しい現実といかに向き合って暮らしてらっしゃるのかを、実感した数週間でした。
すっかりカリフォルニアの快適な気候に慣れすぎてしまった自分は、3年分の汗をかいたのでは・・・と思われる程代謝も良くなりましたが、後半は風邪を引きかけ、外と室内での体温調節もうまくいかず、体力も大部落ちてしまったようです。
この酷暑、これからもずっと続くのですものね・・・。特にご年配の方のことを思うと、少しでも暑さが和らぎますようにと祈らずにはいられません。

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さて、こちらに戻り、ずっと気にかけていた庭に出てみると・・・

この春植えたホーリーホックが私の背丈を超え、花のつぼみをつけています。
そして、旅の前にも大部収穫したつもりだったカモミールが、さらに大粒になって咲き誇っていました。
今年初めて地植えにしてみたカモミールですが、やはり地植えのパワーは計り知れません。4株植えたカモミールからの花の収穫は、それはそれは素晴らしく。今朝だけでも、300粒のどの花の収穫がありました。
こうして庭の植物たちに触れ合う時間の、幸福。
私には、分身のような存在であり、作業です。

枯れた庭の花々の花殻を摘み、葉っぱを取り除きーーー
このような作業が、しみじみと楽しく、自分が自分に戻っていくような気持ちがします。
植物から何かのエネルギーを受け渡してもらい、それを自分の中に流していくようなーーーそしてそれが、本来の自分に戻っていく作業なのです。

東京は刺激的で華やかで楽しく、今回も十分楽しまさせて頂きました。
しかしながら、なぜ自分がカリフォルニアに住む運命となって住まわせて頂いているのかーーー
前回の記事、ターシャ・テューダーさんの映画の記事にも書いた通り、今回の旅は、今の自分を振り返り、確認させて頂く為のものだったと感じます。

20数年前、若かりし頃の自分があの当時思ったように、私は自然を感じ、それに触れて生活する、リアルな生き方が自分には必要で、そのように生きたいと決めたのでした。
決めた後から、少しずつ運命は変わり、アメリカに導かれ、住むことになったのです。
あの頃はまさか、植物を身近にする暮らしが、海外になるとは想像だにしていたなかったのですが、私の運命だったのでしょう。

今回そのことをしっかりと確認すると同時に、これから私が微々たるものであっても発信させて頂くことは、この植物を身近にして暮らすことの幸福をシェアすることに他ならないと、そう感じます。
日本にいない分、言葉をはじめとした不便なことも沢山ありますが、心の自由さはここアメリカだからこそ、実現できているのかもしれません。

この幸福には、流行も知識の補充も必要ありません。
淡々と紡がれるこの生活で得られるものは、愛と知恵ーーー。

私は知恵と愛をたたえた、静かな老人になっていくことをこれからの理想にしたいと、今回の旅で思いました。


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by marie-foliage | 2017-07-19 09:26 | 心への言葉

「静かな水の物語」

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日本に滞在して早2週間になろうとしています。
九州地方の洪水の被害につきましては、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く復旧し、降水が終止致しますこと、お祈りしております。


さて、SNS で公開を知った、ターシャ・テューダーさんの生誕100周年記念映画、「静かな水の物語」。
時間の隙間を縫って、なんとも運良く、日本滞在中に観ることができました。

ターシャの人生、生き方、意思、そしてそれらが現実として表現された証でもある美しいガーデン。

何度も番組やDVD を観て、もう自分ではターシャの世界の魅力を十分分かっているつもりでしたが、今回も心あらたに映画を観ると、ターシャの言葉というものは、その都度深く心に響き渡り、心が震えるような魅力があります。
それはきっと、何かの真理に通じているからなのだと、思います。

購入したパンフレットを後で読んで分かりましたが、松谷監督がテレビ番組の時とは違い、この映画にナレーションを入れなかった理由は、いつ誰が観ても、ターシャと一対一で向き合うことができるように、との計らいの元にありました。
その意義は大きく、ターシャの内面からにじみ出てくる人生の言葉が、直に心に届くような気がしました。
ひとりひとりの異なる人生にも、なんらかの気づきと感動を与えてしまうのでしょうか。私のみならず、映画館のあちらこちらでは、観客の方々が涙を流している気配を感じました。
正に、ターシャの言葉は、ひとりひとりの心に届く何かがあるのです。

本来であれば社交界で生きていくはずだった身分のターシャが、早くから自分の好きな世界を自覚し、絵本作家の傍ら農業に入り込み、幸せを生きたこと。

一瞬一瞬を「労働」ではなく、「楽しみ」にして生きる生き方。

手をかける、時間をかけるということの喜び。

「想像、創造して生きること」の素晴らしさ。

ターシャの生き方が素晴らしいと感じるのは、それが地に根ざした生き方に繋がっているからだと、今日の映画で再確認しました。
大地からの、自然からの恵みと共に、人間としての想像、創造力をあわせて生きるライフは、「ポーズ」でも「流行」でも「思想」でも「活動」でもありません。
リアルな、ターシャの愛すべきライフ、それだけなのです。
それが、この地球に生まれた人間の本質にも繋がっているのではないかと、あらためて思わされるのです。

人々は、ターシャの生き方が「揺らぎがない」「強い意志の元にある」「好きなことを貫く」と言いますが、ターシャが植物や動物を育て、家族と想像力の中に暮らしている姿のリアルさの中に、現代の人々が枯渇している大事なものがあるのかもしれないと感じました。
そして、多くの人々の中にある「大事な記憶(自然と共に生きる喜び」)に触れるからこそ、ターシャの生き方に憧憬を抱くのかもしれません。


私自身もまた、この映画を観て、美味しいもの、素敵な物、便利なものが溢れるこの東京での滞在を楽しむ一方、カリフォルニアに帰って庭の手入れをし、家族のために料理をする、ごくごく普通の暮らしを、今はしたくてなりません。
それが今は、格別のしあわせであったことをーーー再確認しています。

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「普段から冗談めかして『私はスティルウォーター教よ』とおっしゃっていたのですが、“静かな水”というのは、大きな波に流されることなく、静かに前進するというターシャさんの生き方と、水に映る自分自身を見つめるという在り様を象徴する言葉だと思っています。」

松谷監督のインタビューより



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by marie-foliage | 2017-07-09 19:37 | 心への言葉

どんなもの、どんな人にもある役割。

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インドのある水汲み人足は2つの壺をもっていました。
天秤棒の端にそれぞれの壺をさげ、首の後ろで天秤棒を左右にかけて、
彼は水を運びます。

その壺のひとつにはひびが入っています。
もうひとつの完璧な壺が、小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに、
ひび割れ壺は人足が水をいっぱい入れてくれても、
ご主人様の家に着くころには半分になっているのです。

完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。
なぜなら、彼がつくられたその本来の目的をいつも達成することができたから。

ひび割れ壺はいつも自分を恥じていました。
なぜなら、彼がつくられたその本来の目的を、彼は半分しか達成することができなかったから。


2年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日、
川のほとりで水汲み人足に話しかけました。

「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている」

「なぜそんなふうに思うの?」
水汲み人足はたずねました。
「何を恥じているの?」

「この2年間、私はこのひびのせいで、あなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。
水が漏れてしまうから、あなたがどんなに努力をしても、
その努力が報われることがない。私はそれがつらいんだ」

壺は言いました。


水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。
「これからご主人様の家に帰る途中、道端に咲いているきれいな花をみてごらん」

天秤棒にぶらさげられて丘を登っていくとき、
ひび割れ壺はお日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気づきました。

花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、
ご主人様の家に着くころには、
また水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。


すると彼は言ったのです。

「道端の花に気づいたかい?
花が君の側にしか咲いていないのに気づいたかい?

僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。
そして君は毎日、僕たちが小川から帰る途中水をまいてくれた。

この2年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。
君があるがままの君じゃなかったら、
ご主人様はこの美しさで家を飾ることはできなかったんだよ」


作者不詳 菅原裕子訳

Christmas rose---Helleborus orientalis

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by marie-foliage | 2017-02-12 08:53 | 心への言葉

初女さんの旅立ちに寄せて

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もう10年以上も前、ロスに住んでいた頃に、ガイアシンフォニーの上映やおむすび講習会にて、そしてここサンフランシスコに引っ越してからも初女さんに何度かお目にかかる幸運を頂きました。

食材を扱われる時、調理される時、人と接する時、本にサインをされる時でも、一貫して初女さんの中に感じるのは、「丁寧に成す」という姿勢でした。
その食材が、その人が、その物が、一番望んでいることは何なのだろうーーー。
その想いが、初女さんのなされた偉業なのだと思います。
それは優しさ、強さ、思いやり、愛などといった言葉をも超えたところの神々しいものでした。
この世に生を受けた、大事な大事ないのちとして、相手を敬い、想いながら接する。
それが本当の意味での「愛」の境地なのかもしれません。

食材はいのちをまっとうし、人は病んだ心を癒され、あるべきところへ帰っていくーー。
初女さんの愛は、いつも相手を「受け入れる」ことが根底にあった、愛でした。

今でもおむすびをにぎる時、調理をする時、初女さんから教わった大事なことのかずかずを、思い出します。
私だけではなく、きっと日本中、そして海外に住む多くの人たちの心にも同じ種はまかれ、時間をかけて育ち広まっていることでしょう。


一度、ロスの北にあるパサデナという街にある、ひっそりとした教会に、夫とまだ小さかった娘と一緒にお連れしたことがありました。
教会の入り口で一礼をされて中に入られ、じっと静かに神様に向かっておられたお姿が、今でも目に焼き付いています。
何も語らずとも、これが初女さんのベースなのだと、感じました。
初女さんの「静の祈り」(初女さんは、「静の祈り」「動の祈り」のふたつの大切さをご著書にも書かれておられます)を共にさせて頂いた幸せを、今でも噛み締め、感謝しています。

帰りの車の中で、初女さんが「私の誕生日は本当の予定日よりずれてしまったのだけど、聖テレジア(初女さんがご縁を感じてらっしゃる聖女。初女さんの霊名でもあられる)の日だったの。」と、少しはにかまれ少女のようにお話されたお姿がとても印象に残っています。


初女さんのご冥福を、心よりお祈り致します。



Moreに、初女さんに頂いた言葉を記載させて頂きます。



More/初女さんに頂いたお言葉
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by marie-foliage | 2016-02-04 08:17 | 心への言葉


美は、見る人の心の中に。


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